第2回 「定義」の作り方: 哲学はどういう営みか

担当:谷川嘉浩

概要

哲学と聞いたとき、どんなイメージを持つでしょうか。

小難しい? 「存在とか実体とか言っていそう」?

「お母さんが酔ったときに、『私の哲学はなぁ……』って言ってた」?

――――とまぁ、抱く印象は色々あるでしょう。

 

この講義では、その場にいる人で会話しながら、哲学の定義を作ります。

何も準備はいりません。

哲学の入門書を読んだことがなくても、

既にみなさんは、少しは哲学のことを知っているからです

(という煙に巻いた発言は、いかにも「哲学」っぽいでしょうか?)。

会話の中で、過去の哲学者が「哲学」に関して残した言葉も参照する予定です。

 

講義の後半では、自分たちが定義作りを通じてやってきたことを捉え返し、

その「営み」がもたらす思想的な意義を明らかにします。

講義を終えて

哲学の入門書はたくさん出版されていますし、哲学の入門的な講義はたくさんあります。

また、哲学の院生が、一般向けに話す機会も、珍しくはありません。

これらとは違い、「総人のミカタ」でしかできないような哲学入門ができないか……

そう考えて構成したのが今回です。

 

個別概念の説明や、哲学史を通覧的な紹介は、

既に哲学に興味がある人には意味があることであっても、その道に進まない人からすると、

数日で忘れてしまうだけの暗記事項になってしまわないでしょうか

(暗記を軽視するわけではないですが)。

そこで、プラトンやハイデガーの使ったような哲学の「論法」を、

実際に体験しながら、「哲学」について理解を深めていくという構成を採用しました。

 

講義でグループワークをしたのは初めてでしたが、それなりに好評でホッとしました。

とはいえ、適度な参加人数、参加者の積極性、聞き上手である院生仲間の協力など、

諸々の幸運の上に成り立つ特殊な成果だったと思います。

パラメタが違っても、教育効果をどう維持するのか、

そこは、今後の個人的な宿題ですね。

 

それから、講義で集約して出来上がった「哲学」イメージにも驚きました。

参加者の大半は、「哲学をあまり知らない」と言っていたにもかかわらず、

一線で活躍する哲学者の哲学観と重なるところが多かったからです。

みなさんの直観の鋭さに感服しました。

それに、「哲学って、こんなイメージなんだ」と知ることができて、

私も学ぶところが多く、すごく、ほんとにすごく楽しかったです。

ありがとうございました。

 

「講義で言及した対話の機能は、哲学だけでなく学問一般に妥当することではないか」

という質問がありました。

私も、知的な営みの前提条件だと思います。

 

関連する質問として、院生による講義検討会で、

「哲学と他の学問との違いが一層わからなくなった」という意見も出ました。

講義終盤で触れたことですが、哲学を他のものから区別させるのは、

「哲学史を背負っている」という点だと私は思います。

 

哲学史をどう描き、捉えるかということに、何が哲学とみなされ、

何が哲学として継承されるべきかという働きがあります。

哲学史とコミュニケーションしながら、歴史の突端で何かこちょこちょやる。

そういう試みの継起こそが、哲学というジャンルを遂行的に作っていく。

このゲームに参加することが、哲学なんじゃないか。

つまり、哲学史だけが、雑駁な研究の集合に思える「哲学」を

凝集する重力なんじゃないか。そんな風に考えています。少なくとも、今は。

 

もちろん、哲学を狭く捉えて、

通常は哲学とみなされるものすら排除する厳格な哲学観を採用することも可能です

(特定の方法論を採用しないものは、哲学とは認めない、など)。

また、哲学をすごく広く捉えて、

生きることと哲学することとを一致させるような哲学観を採用することも可能です。

とはいえ、私にはいずれも極端に思えます。

アシスタントコメント

「哲学」は恐らく,多くの人が一度は興味をもったことのある分野ではないでしょうか。

けれども,その一方で難解でとっつきにくいという印象もある。

今回の講義では,そんな「触りたいけど触りづらい/触り方が分からない」哲学という分野について,

非常に身近な視点から切り込みを入れ,受講者を思索の世界に誘ってくれたと思います。

 

最初から過去の天才の頭を借りるのではなく,

自分たちの素朴な印象から出発して議論を進めることで,

哲学者の思考の過程を,実感をもって垣間見ることができました。

全体として講義は成功していたと思いますし,

院生の間でも「哲学が何なのかかえってわからなくなった」という感想が出るなど,

良い意味で混乱を生み,互いの分野の理解を組み立て直す貴重な機会となったように感じます。

 

個人的に最も印象に残ったのは,

「他者の頭をくぐらせることで主張を確かめていく」ということが,

哲学する者の重要な姿勢であるというコメントです。

であるとすれば,自分とは異なる考えをもつ他者を意図的に探して語ろうとするマインドが必要です。

哲学者の小さなコミュニティーに留まらずに,広く他分野と議論を交わすことが,

哲学者自身の成長,ひいては哲学の発展のために必須の要素であるように感じたのですが,

それが実現できているのかについては正直疑問が残りました。

また,同時に,哲学者は自身が語ったことに対するリアクションに寛容であることも重要なのでしょう。

でなければ,「どうせこの人に意見を述べたって突っ返されてしまう」と思われてしまって,

他者の頭をくぐらせてもらえなくなるからです。

このような意味で,哲学者には強靭なコミュニケーション能力が必要なんだなぁと思ったのですが,

それだと哲学に限った話ではなくなってしまう。

哲学という分野の特徴を考えるのって,とても難しいんですね(笑)。

 

翻って,わたしの専門である「発達科学」の定義を考えることもなかなか難しいということに気がつきました。

ゆっくり時間をかけて,これからも考えていきたいと思います。次回も楽しみです。

萩原(発達科学)