植民地精神医療史の一断片:1950年代フランス領アルジェリアのブリダ=ジョワンヴィル精神病院を中心に

概要

 異なる言語・文化・習俗が接するか重なり合う場所では、どのような精神医療が生成されるのか。特に、その関係性に植民地主義なる背景が存在するときには、各精神医療の実践者の視点一つをとって分析するにも、重層的で様々な学問系譜からのアプローチが必要です。この時代と場所を異にする精神医療の展開を具体的に叙述するために、精神医学と精神分析の歴史的理解のみならず、政治・社会・経済史等の歴史学や人類学などの複合的視点と学問手法を組み合わせたものが、植民地精神医療史という枠組みです。
 この中で、20世紀のフランス領アルジェリアでの精神医療の展開を歴史的に再構成することが、私の現在の第一の課題です。とりわけ、フランツ・ファノンという精神科医に焦点を合わせて、その周辺人物と病院の出版物や未刊行の草稿といった史料を足がかりにして、ファノンが1950年代に勤務していたアルジェリアのブリダ=ジョワンヴィル精神病院での医療実践を調べています。未だ進行中ですが、講義の中でこの具体的な話をベースにしながら、植民地精神医療史の理解の肉にしつつ、現代のフランスーアルジェリアについて生まれる無数の「なぜ」をみなさんと一緒に考えられればと思います。

講義を終えて

 今回講義で取り上げたアルジェリアのブリダ=ジョワンヴィル精神病院は、現在フランツ・ファノン博士の病院へとその名称が変更されて、アルジェリアのナショナル・アイデンティティの一断片をその場所と名前に映した存在となっています。この病院の設立経緯とその精神医療の実態、生み出された研究の中身、フランス領アルジェリアでの立ち位置などを順々に考察していくことで、この精神病院がアルジェリア独立革命の英雄であり精神科医でもあったフランツ・ファノンの精神分析理論にいかなる影響を与えたかを現在私は研究しています。かかるブリダ精神病院には、ファノンにまつわる記憶と彼の残した研究内容とその対象を自分の目で見るために立ち寄って講義の題材ともしてみました。
 あくまで一つの精神病院をテーマにしつつ専門領域の入門講義を構成する形式をとったのは、モノの見方を伝えることができればと思ったからです。ただ一つのモノを取り上げてみても、その分析には、複数の系譜に属すべき断片が混住していることを認識把握することが必要です。ただし、「モノのミカタ」だけ提示しないで、その複数断面を自分の研究関心に従属させながら、各々の筋で展開したつもりです。一般教養で諸学の入門を習いつつ「で、おれ/私、なにしよっか?」、「(多分)こういうことしたい(だいたい対象は曖昧だが、そのアプローチは明瞭)」という時があるかと思います。興味のある領域を見つけることと同様に、たっぷり時間をかけて色々な視点で見つめることができるモノを探し出すのも簡単に思えて難しいことです。
 今回は、僕自身が総人のミカタでの初めての講義だったので、色々と拙いところもあったかと思います。色々な研究のテーマを持ちつつ、それをどのように腑分けして展開していくのかの一つの具体例ぐらいにでも覚えてもらえると嬉しいです。