第9回 列島の中世を旅する―歴史の中の人と生存

担当:村上絢一

概要

私たちが生きる現代社会では、

国民国家のもと法や裁判・警察・医療・教育などの諸制度が整えられ、

理念としては一人ひとりの人権が保障され、日々の経済生活が営まれています。

しかし、今からおよそ900年前から400年前の中世と呼ばれる時代には、

この同じ日本列島で、現代とは異なる世界が展開していました。

そこに強力な国家は存在せず、人々は峻厳な身分制に整序されていました。

そしてそこは、戦乱や災害により生きることの非常に困難な世界であったと考えられます。

前半では、前回の講義で皆様に『一遍聖絵』をよみ、あげて頂いた気付きを整理し、

他の史料と突き合わせて解釈を試みます。

後半ではこれまでの内容を総括し、

現代とは異なる時代に生きた人間をどのようにとらえるか、皆様とともに考えます。

講義を終えて

本講義は、現代とは性格を異にする日本の中世社会について理解を深め、近代国家と対置される前近代「国家」に関する歴史像(歴史的イメージ)を獲得し、その下に生きた人間のあり方を考えるための一助としたものである。

最初に「中世とはどのような時代か」と題して、中世社会の様相を顕著に示す、同時代の宗教観念・飢饉への対応・身分差別の実態について、漢文表記の原史料を引用して解説を加えた。

つぎに、日本中世史における〈学際〉研究の好例として、水野章二氏(自然利用)・酒井紀美氏(夢)・矢田俊文氏(地震)らの研究を紹介した。

 

後半では、前回講義で解読を試みた『一遍聖絵』の情景より、堀川の材木引きと四条京極釈迦堂を取り上げた。前者については、京都府立京都学・歴彩館による「京の記憶アーカイブ」で公開される大正年間に撮影された保津川の材木筏の写真を紹介し、室町幕府の発給文書から山林資源(材木)の移動と京都の求心性について解説した。後者については、現在「染殿地蔵」として残る旧跡の写真とともに、『看聞日記』に記録される室町時代の四条道場と七条道場との紛争を取り上げた。

 

講義のまとめとして、「歴史家は何を議論しているのか」と題し、中世身分制をめぐる古典学説を紹介した。これは前回講義で紹介した「歴史家の研究手法」の延長線上に据えられる問題である。黒田俊雄(1926-1993)・大山喬平(1933-)・網野善彦(1928-2004)らによる非人の社会的位置づけが、歴史家それぞれの歴史観や社会観と通底していることを強調し、歴史学の営為の一端を示した。

 

アンケート質疑への回答など

ある受講者(総人OB)から、受講者の数が少なかったのは高校の平板な授業の印象からどうせ同じものと連想されたからではないか、とのコメント(励まし?)を頂いた。

前後2回の担当回では、大学で歴史学をする上での方法と議論をともに紹介したつもりである。そこには、高校までの歴史教育では得がたい発見と、史料に基づく自由な発想が許される面白さがある。今回、歴史学における学際研究の事例を紹介したのは、その〈味わい方〉を伝えるためであり、また歴史学の可能性を探るためのものであった。

多くの後輩に歴史学の〈おもろさ〉を伝えたかったが、最初から伝える相手を欠く現状は、自分の力不足として深刻に受けとめたい。来年度の講義に期待して頂ければと思う。

アシスタントコメント

今回は前回みた一遍上人の絵巻物を、文献資料と結びつけて中世世界を立体的に描き出してみる、

というコンセプトの講義だったように思いますが、

そのほかに、前々回の瑞慶覧さんの「学際史」「総人史」に関する話にもつながる

歴史学における学際研究の紹介もあり、盛りだくさんの内容だったように思います。

その分、情報量も多く、少し早口になっていたのは改善点ですが、

前回出席した学生が中心だったので、今回の講義自体は成功だったといえるのではないでしょうか。

 

僕の専門としている社会学は基本的に近代以降の時代を扱うので、対象としている時代は違いますが、

資料に基づいてある時代の社会観を描きだす、

そして異なる社会の様子や世界観に触れることで現代社会を相対化するという点には、

とても近い目的意識や視座を感じました。

院生の検討会では、歴史学に固有の対象はあるのか、という質問をしましたが、

それは歴史的な記述自体は哲学や社会学、美術史などでも行われていることであって、

その辺りのことに関する歴史学の認識はどうなっているのかを知りたかったからです。

回答としては、歴史学はやはり文献中心で、特に政治史は固有の対象といってよいといえるというものでした。

逆に、精神史的なものはかなり自分たちのしていることとは違う、

それは学者の世界観としてあってもいいけど、研究として提示するものではない、

という旨のコメントを聞けたのは興味深かったです。

この点は、まだ確定ではありませんが、最終回のディスカッションにもつながるテーマのように思います。

こちらも楽しみにしています。

真鍋(社会学)