第3回 選挙と政策決定I

担当:杉谷和哉

概要

この国には選挙というものがあります。

選挙をするとき、テレビニュースや新聞、インターネットなどを通じて、様々な情報が飛び交います。

それぞれの立候補者は、自分がもちろん当選したいわけですから、

いかに自分がいい候補者であるか、また、自分たちの政党がいいところであるかをアピールします。

特に、若年層の投票率が低いことが問題になっていますから、

政党も若年層に投票してもらえるように色々なことをやっています。

また、新聞をはじめとするメディアやNPOも、

若年層にもっと政治へ興味を持ってもらえるようにキャンペーンを行っています。

こういったキャンペーンやイベントで多く言われているのは、

「この人が何となくいい人だから」とか、「お父さんと知り合いだから」といった理由ではなく、

しっかりと「政策」を見て投票しましょう、ということです。

確かに、しっかりと政治家や政党が何をしたいのかを調べて、投票することの方がいいように思えます。

 

ですが、話はそう単純でもありません。

あらかじめ「この政策をやります」と言っていてもそれができなかったり、

政策が思っていた効果を生まなかったりすることがあるからです。

この講義では、私たちが投票するときに、

政治家や政党の政策をどのように見ればよいのかについてささやかな手掛かりを提供しつつ、

答えのない問いである政治の問題について、皆さんと一緒に考えていくことを目的としています。

講義を終えて

今回の講義は、政治の難しさをみんなと一緒に考える内容でした。

政治学や公共政策学の入門講義ではなく、政治の難しさを強調しながら、「わかりやすい」だけではダメなんだ、

というメッセージをお伝えしました。今までの二回の講義とはまた、一味違ったものだったと思います。

講義後の反省会では、レジュメの作り方や、講義の内容、伝え方など、多岐にわたる指摘、助言をもらいました。

次回の講義でできるだけ反映させたいと思います。

アンケート及び、反省会で出た内容を踏まえて、いくつか補足をしたいと思います。

 

①政治における「右」と「左」について

かなり雑に流してしまったのですが、政治において「右」と「左」という概念は非常に重要です。

語源は、フランス革命期に議長席から右側の位置に保守的な人たちがいて、

左側に革新的な人たちが位置していたところからきていると言われています。

一般的に、「右」あるいは「右翼」と呼ばれる人たちは伝統を重んじ、急進的な改革に批判的です。

「左」に位置する人たちは、伝統よりも人間の理性を重んじ、急進的な改革を望んでいると言われています。

しかし、今日ではこれらの言葉は非常に多義的に使われています。

講義で触れたフランスの政治家、マリーヌ・ルペン氏は、「極右」と呼ばれていますが、

彼女は移民の受け入れを拡大することに反対しており、EUに批判的です。

ルペン氏はまた、国際協調よりも自国を強くすることを重視しています。

こういった傾向はドナルド・トランプ大統領とも共通しているポイントです。

ルペン氏やトランプ大統領は大きく言って「右」に括られる政治家です。

ただ、国ごとによって「右」や「左」とされる人々の主義・主張は異なっているので、注意が必要です。

この辺りはかなり複雑な議論があります。次回の講義でも、もう少し補足できればと思います。

 

②民主主義について

民主主義という概念は非常に難しく、複雑なものです。

ブックガイドであげた、佐々木毅『民主主義という不思議な仕組み』は、とてもよくできた入門書ですので、

もう少し深く考えてみたい、という人は一度手に取ってみてください。

 

③選挙について

今回の講義では政治の難しさを強調し過ぎるあまり、皆さんの政治への関心の芽を摘んでしまったかもしれません。

ただし、政治や政策について完璧に理解していなかったとしても、選挙に行くことはできますし、

選挙に現に行っている人たちも完璧に政治について知っているから行っているという訳でもありません。

奨学金の問題や就職など、皆さんがこれから直面する、あるいは今直面している様々な問題を出発点に、

政治について少しずつ考えていけばいいのではないでしょうか。

 

④政治的中立性について

中立に気をつかって喋っていた、という鋭いコメントをいただきました(笑)よく見ていますね。

政治学を教えたり、投票や選挙について講義をしたりする際に難しいのはこの点です。

教壇の上から、一方的に「こっちの方がいい」と教えることは政治教育の文脈ではご法度だとされています。

なぜなら、教師のような立場にある人の発言は、生徒達にとって大きな影響力を持っているからです。

教師がどちらかに偏った考えを教えることは、生徒達から自由に考えることを奪うことになりかねません。

ただし、政治において何らかの考えや特定の主義主張を全く持っていない人は本当にいるのかどうかというのも難しいところです。

場合によっては、「中立」という立場でさえも、誰かを暗黙裡に応援することに繋がりかねません。

また、どれ程注意を払っても、教えている人の好みや主観が入ってしまうものです。

誰かが言っていることを鵜呑みにせず、自分で吟味する能力が必要とされています。

 

⑤政治の難しさは分かった、で、私たちは何を学べばいい?

「政治学のディシプリンや学説を教えてほしかった」というコメントをいただきました。

確かに今回の講義ではほとんど触れることはしませんでしたね。

次回の講義では、政治の難しさを前提とした上で、

政治の問題にアプローチする学問はどう考えてきたかを皆さんにお伝えしたいと思います。

最後の部分で、政治の難しさを前提とした上で、「皆さんはどんな一歩を踏み出すか」という問いかけをしましたが、

次回の講義では私が踏み出した一歩がどんなものなのかをお伝えできればと思います。

もちろん、今回の講義に来られなかったという人も大歓迎です。

 

⑥「わかりやすいことはだますこと」

印象に残った人が多かったようなので、この言葉について最後に補足しておきます。

これは私自身が考えたものではなく、ガヤトリ・C・スピヴァクという比較文学者・思想家の言葉です。

スピヴァクは政治学者ではありませんが、そのテキストからは学ぶこともたくさんあります。

彼女の本はかなり難しいですが、機会があれば手にとってみるのもいいかもしれません。