第7回 学際教育について/物理学の方法、ブランコのこぎ方を例として/そしてあなたは総合人間学部でなにをするか

担当:瑞慶覧長空

概要

「学際」という何かに惹かれて総合人間学部を選択した方は多いと思う。

では「学際」とは何なのか?どのような経緯で始まり、どのように発展していったのか。

日本、特に総合人間学部で現在のような教育体制がとられた背景を知ることは、

あなたの今後の学びにとって有益だろう。

かつてその歴史について研究したので、講義前半で概要を説明する。

物理学はどこに行ったのかと思われただろうか。物理学の話は講義後半で行う。

こういうのも総合人間学部っぽくていいだろうと思う。

 

続いて物理学の方法について紹介する。

物理学に興味がある方にとってはもちろん、物理学に興味がない、

専攻する気がない方にとっても物理学(に限らず他の専門)の考え方を知ることは有益だろう。

自分の専門を相対化できるし、ひょっとしたら新たな考え方に繋がるかもしれない。

 

物体の運動をシンプルに説明しようとしたとき、

「物体は何かを最小にするように運動する」と説明できないだろうか?と考えた人がいた。

実際説明できたのですごい。その考え方について解説することで、物理学の方法を説明する。

これは「解析力学」と呼ばれる分野である。

 

ところでみなさんはブランコを上手にこげるだろうか。

また、誰も外から力を加えていないのに、

ブランコが加速していくことを不思議に思ったことはないだろうか。

上述の方法をブランコに適用することで、ブランコのこぎ方を理解できる

(数式が追えなくてもなんとなくは理解できるはずだ)。

そしてブランコが上手にこげるようになるだろう。

 

ここまでで、皆さんは総合人間学部の特徴と、物理学の特徴をつかめたはずだ。

以上の内容を踏まえて、最後に、

総合人間学部で物理学を専攻すること(あるいは別の何かを専攻すること)について、

その意義、利点、欠点などについて参加者と議論してみたい。

ここで集まった意見は、次回の講義で改めて紹介する予定である。

当然、講義終了を待たず、講義中の任意の時間から議論を始めてもらっても構わない。

むしろ望ましい。皆様の積極的な参加を待つ。

 

講義を終えて

事前にシラバスで提出していた内容とは異なり、

主に総合人間学部や「学際教育」の歴史について講義を行った。

アシスタントのコメントでも触れられているように、

講義中でも受講生から反応をもらえた点は良かったと思う。

ただしその質問に満足に答えられなかったようにも感じる。反省会で指摘されたことだが、

自分の知識に自信がない場合は他の院生に話を振ってみてもいいと思った。

 

講義を終え、受講者の反応を見て改めて考えを整理してみる。

総合人間学部は通常の学部と異なり、特定のDisciplineを掲げているわけではない。

つまり総合人間学部で学べる多くの内容について、同一の内容を掲げる学部が存在しているともいえる(総合人間学部ならではの学問領域も一部あるようではある)。

一方総合人間学部に入学する学生で、全く専攻する分野が固まっていない、

という学生は稀で、

多くは「専攻しようと考えている分野はあるが、他の分野も学びたい」と考えているように思える。

おそらく誰もが「でもそれは、それを専門にしている学部に進学して、

その上で他の学問も学べばいいではないか」と自問したはずだ。

それでも総合人間学部に入学するというのは、結局のところ、

何か特別な教育が総合人間学部に存在しているのではないか、

という期待からなのではないだろうか。

(少なくとも過去の自分の考えを思い返すと、

そのような思考の経路を辿ったように思える。

しかし、入学後から講義をしてみるまで、

そのような期待について明示的に意識することは無かった。

おそらくそんな教育はどこにもなかったからだろう。)

 

今回の受講者の反応が良かったのは、

暗に(あるいは陽に)抱いていた期待(と、もしかしたら失望)に、

今回のテーマ「学際教育」が近かったからだろう。

直後に述べるが、結局そのような教育は無いわけである。

(もちろん私が知らないだけかもしれない。

しかし、「研究を他者に語る」方針が提出された経緯を見る限りでは、

未だ総合人間学部ならではの何かは確立されてはいないと思われる)

 

さて、講義終了後に、アシスタント院生から

「総合人間学部は結局どうなるといいのか、特に瑞慶覧の立場はどうか」

というような質問をもらった。私としてはむしろ、

「現在のところ、総合人間学部はどうなるといいのか、に対する明確な答えは無い」

ことを明らかにすることを目指して講義を行ったので、

そのような質問が出たことはある意味、講義の狙いが上手くいかなかったことを意味する。

反省点である。

 

「総合人間学部はどうなると良いのかについて明確な答えはない」

ということについてもう少し付け加えたい。

総合人間学部の企画や私的な集まりなどで、

折に触れて上記の疑問が議論の俎上に登ることは多い。

しかしそのたびに、「私はこう思う」

「私にとってはこのようなメリットがあった」という特殊な

(多くは総人であった必要すら無い)意見が述べられ、

各自わかったようなわからないような気持ちのまま

特に結論が出されること無く議論が終えられる。

それらは結果論にすぎないし、「誰かが総合人間学部から得た恩恵」は、

「総合人間学部が一般に与えられる恩恵」ではないのだ。

講義中に私の総合人間学部に対する態度を表明しなかったのは、

表明してもそれは、

これまでに語られた無数の個人史に無用なものをまた一つ付け足すだけに過ぎないからである。

 

そこで重要なのは、

総合人間とは現在のところ何者でもなかったという事実を健全に受け止め、

その上で現在総合人間学部において利用できる資源を理解し、

自分は総合人間学部で何をするかを、改めて考え自衛することである。

繰り返すがそれは一般に、

自分ではない誰かがたまたま享受した総合人間学部とは一致しない。

講義においては、自衛のための精神的なショックと事実について提供することを目指した。

それらを元に、まずは受講者個人が総合人間学部を最大限活用することを期待する。

 

ところで、講義を終えて他の院生から、

「もっとポジティブな終わり方でも良かったのでは」という意見をもらった。

それもそうかもしれない。

当然最も重要なのは、総合人間学部が一般的に提供できる価値が確立されることである。

その方向性を固めるにあたり、当事者として参加できるのはある意味、

とてもExcitingな立場なのかもしれないとも思う。

なかなかそのような機会に出会うことも稀だろう。

是非積極的に学部の形成に寄与して欲しい。おそらく教員もそれを求めている。

良い人生を。

 

次回講義では、改めて受講者に対して総合人間学部で今後どうするのかについて質問し、

議論してみたい。

この長い文章をここまで読む人がどれほど居るのかは分からないが、

読んでしまった人には、是非色々と考えを巡らせてほしい、

そして次回講義に参加して聴かせて欲しい。期待している。

 

また、次回講義ではようやく私の専門である物理学の話をする予定である。

私自身、楽しく感じたり苦しく感じたりしながら物理学を学び研究してきたわけだが、

それを一般向けに話す準備から色々と学びや気付きがあり面白い。

「研究を他者に語る」という方向性は、

それが学部の特色として十分なものなのかどうかは分からないが、良いものであるようにも思えた。

講義では簡単で身近なテーマを通じて、

物理学の研究の内の一つの方法について伝えたい。期待して欲しい。

 

追記:

アンケートを集め損なったようなので、前回講義出席者は次回講義時、

または適当なタイミングでアンケートを総人のミカタまで提出してほしいです。

質問があれば可能な限り答えたいし、講義の感想を見てみたいのでどうぞよろしくお願いします。

アシスタントコメント

全体的に「学際教育」や「総人設立の経緯と問題点の共有」というトピックが主軸になっており,

物理の話はほんのさわりしか聞くことができなかった。

しかし,受講生の食いつきの良さは恐らくこれまでの「総人のミカタ」の中で最も顕著だったのではないかと思う。

1回生の受講者にとっては,総人という容れ物で半年過ごしてみて,

なんとなく抱いていたモヤモヤがあったのだろう。

今回の話題はまさにそこを突いたのだと思う。

 

講義終了後,受講生の口から,

「ますます迷子になった。(総人って)いつなくなっても良いのかも……」というコメントがこぼれた。

総人に対して,もう少し明るい話ができたら良かったのかもしれないが,

総人の現状を相対化して認識し,次の一歩を決める下地として,今回の講義は非常に有意義であったと考える。

総人に属する人間が,まともに「総人とは何か」を問う機会は,かの事件以後ほとんどなくなってしまった。

実際に,特定のディシプリンではなく,「総人」そのものについて学ぶ正課内の取組みは,

ほとんどないに等しい。

このようなトピックについて学び,考え,対話する機会が,

正課のカリキュラムに適切に組み込まれることを切に願う。

総人のミカタとしても,そのための働きかけをしていく必要がある。

 

ところで,次回は(ようやく)物理の話が本格化する。

導入で見たブランコの映像をどのように料理していくのか楽しみだ。

萩原(発達科学)