イントロダクション+総人・人環はどうやってできたのか

担当:全員・真鍋

概要

2018年度も気づけば後半戦。

今年入学した1回生は、前期の授業を受けてどうでしたか?

予想より面白かったでしょうか。期待外れだったでしょうか。

 

2018年度前期の総人のミカタを終えたとき、「ここにくると総合人間している感じがする」と言ってもらえました。

今後も、学問分野ごとの「ものの見方」を示し、それぞれの分野間の「ものの見方」の関係を示すことができるような場となるよう、総人のミカタを練り上げていきたいと思っています。

 

序盤では、メンバー紹介や後期の講義紹介をおこないます。

 

そのあとには、総人・人環の設立経緯についての講義があります。

総合人間学部の母体となった「教養部」が、なぜ「学部設立」へ向かったのか、そのためにどのような理念の下で、どのような提案がなされたのかといった話がなされます。

 

どういう歴史の切っ先で、私たちが過ごしているのかを知ることは、これからの総人生活を何か変えてくれるかもしれません。

 

先生たちも知らない、学部の歴史を紐解いてみましょう。

 

講義を終えて

 今回は、後期の講師の紹介と、総人・人環の設立史についての話をしました。後期はいろいろな事情で忙しいメンバーに時間を割いて講義を担当してもらうことになったので、今日の自己紹介に出席できなかった人もいたのが少し残念でしたね。

 でも、忙しいだけにいろいろな経験をしてきている人たちばかりなので、それぞれの講義やフリートークでは、これまでのメンバーとは一味違った話が聞けると思います。今後の講義に期待してください。また、紹介したように11月には、1日に上回生に卒論の話をしてもらったり、29日の学際セミナーにメンバーがゲスト登壇したりと、特別なイベントもいくつかありますので、そちらも楽しみにしてもらえると嬉しいです。

 

 さて、後半では、総人・人環が設立するまでの間に提示された理念について、簡単にお話しました。この夏にまとめた報告書に書き下ろした内容を簡潔にした内容でしたが、学部生の方にとっては、設立の経緯や2012年の「国際高等教育院騒動」など、あまり知る機会のなかった総人の一面を知ることができたのではないでしょうか。特に、院生メンバーの中には、「国際高等教育院騒動」をリアルタイムに経験した人もいますし、それがミカタに参加する動機の一つになってもいます。

 話の中では十分に説明できませんでしたが、1970年代から80年代にかけての教養部では、「学際」と「教養教育」という二つの理念をめぐって、今回紹介した以上に多くの議論や紆余曲折がありました。より詳しい経緯が知りたい人は、いつでも真鍋に声をかけてください。

 

 それから、今回、こうした話をしようと考えた理由について、補足をしておきます。なぜ、後期の初回にこんな話をしたのでしょうか。それは、簡単にでも総人・人環の設立経緯を知っておくことが、総人生が直面しがちな「総人とは何をするところか」「結局、自分はここで何がしたいのか」といった迷いと向き合うときの、一つのヒントになると思うからです。少なくとも、ただひとりで悶々と考えるよりも広い視野に立つことができるでしょう。それゆえに、「迷える総人生のミカタ(=味方)になる」というコンセプトを踏まえれば、やはりこの話を外すわけにはいかなかったのです。

 同時に、こうした紆余曲折の中で形成されてきた理念には、まだ完全とはいえないとしても、京大の教養部(=総人・人環)という個別性を越えた普遍的な意義が含まれているようにも感じています。この普遍性を突き詰めて考え、実践していくことも、総人のミカタという場の大きな目標です。そして、その核になっているのが「それぞれの専門分野のもののミカタ(=見方)を伝える」という、もう一つのコンセプトなのです。だからこそ、この機会に、過去にあった理念を紹介しておきたかったのです。

 

 つまり、後期のスタートに際して、総人のミカタのコンセプトを少し違った角度から再確認してみた、というわけです。メンバー全員が、これまで以上に充実した時間を提供していきたいという思いで活動していますので、次週以降も、ぜひ総人のミカタに足を運んでください。